イスラーム教における、女性の地位と重要性
クルアーンの中で述べられている最も重要な事柄の一つとして、女性を平等に扱い、不正義と無知から解放することがあります。過去には男性が、女性の人生を何ら正当性のないままコントロールしていました。しかし、クルアーンによって、女性の地位は個としての「女性」、また娘、妻、母として昇華され、彼女たちの人としての尊厳が確認され、社会に認識されるようになりました。
イスラーム教が登場してもなお、ある一定の人々は女性の尊厳を無視し、男性のための奴隷や召使いとして扱っていました。しかし、イスラーム教は女性の尊厳を強調し、その人間性を肯定し、女性の責任、褒美、楽園に入る資格、尊敬される人間としての能力を認め、女性が男性と同じ人権を持っていることを保証しています。この2つの「性」というものはアダムとハッワー(イブ)に由来するもので、一般的な人間としての特徴・特性を等しく共有しています。神の前での責任、褒美、運命も平等です。
クルアーンには、「人類よ、あなたがたの主を畏れなさい。主は、あなたがたを一つの魂から創られ、その魂から伴侶を創られ、その両者から多くの男女を広げられた方です。アッラーを畏れなさい、互いの問答を通して、また母胎を通して。真にアッラーは、あなたがたの監視者です。」(クルアーン4章1節)とあります。
男女を問わず、すべての人は同じようにして一つの魂から創造され、結婚することによって人は人として完成するといわれます。アッラーは男女をお互いに補い合う存在としたことにより、男性や女性のどちらかの立場を下げることはありませんでした。そしてこれについてクルアーンには次のように書かれています。「その配偶により、彼女と安心して暮らせる。」(クルアーン7章2節)
預言者ムハンマド(pbuh: Peace Be Upon Him / 彼に平安のあらんことを)は、「女性は男性の対となるものだ」と述べています。
女性の経済的権利に関して、イスラーム教は女性の所有権や相続権を奪ったり、女性の所有物に対する支配を制限したりする多くの社会的慣習を廃止し、新たな法整備を行いました。例えば、相続や遺贈、売買、賃貸、贈与、貸与、寄贈、慈善、後援、譲渡、抵当権などを確立しました。これは、法的手続き等のオフィシャルな行為を通じて、財産や自己を防衛する権利をも含んでいます。
女性を母親として考えた場合、歴史上イスラーム教ほどその存在を尊重し、昇華させた宗教や制度はありません。イスラーム教では女性を大切に扱うことを強調し、女性の善性を神の唯一性と結びつけ、神を崇拝するとともに女性の優しさを基本的な美徳としています。イスラーム教はまた、子供を授かり、産んで、母乳を与え、育てるという母親の重要な役割を強調しました。このことは、クルアーン全体を通して語られています。「われは、両親への態度を人間に指示した。人の母親は、苦労に窶れてその(子)を胎内で養い、更に離乳まで2年かかる。われとあなたの父母に感謝しなさい。われに(最後の)帰り所はあるのである。」(クルアーン31章14節)
妻としての女性について
イスラーム教以前のアラブ社会は、娘の誕生をしばしば失望ととらえ、重荷とみなしていました。自分の子供が女の子であることを知った父親によるこのような言葉が残されているほどです。「神に誓って、女の子は祝福される存在ではない。女の子は戦ったり守ったりして貢献するのではなく、泣いたり嘆いたりすることでしか家族の役に立てない」……貧困や潜在的な恥辱への懸念から、父親が娘を生き埋めにすることを許す伝統さえありました。
この慣習はクルアーンの中で厳しく批判され、非難されるべきものであり、憂慮すべきものであるとされています。「生き埋めにされた少女が何の罪で殺されたのかと尋ねられた」(クルアーン81章8-9節)。クルアーンはまた、当時における、娘の誕生に際しての父親の好ましくない反応を示す歴史的根拠ともなっています。「そして、そのうちの一人が女児の誕生を知らされると、その顔は終日暗く、悲しみに沈む」(クルアーン16章58節)。
イスラーム教はこの認識を改めさせ、娘も息子と同様に価値ある存在であり、神から両親に授けられた祝福であるとの考えを広めました。クルアーンは、神は男性と女性の両方を創造したのであり、夫婦に男女どちらの子供を授けるかは神の力の及ぶところであると強調しています。イムラーンの娘マルヤム(一般的に言われる、キリスト教におけるマリア)の物語は、娘が大きな影響力を持ち、かけがえのない財を持ちうるというクルアーンの見解を示しています。マルヤムは神に選ばれ、清められ、世の女性の中でも特別な存在に昇華されました。彼女の母親はマルヤムが生まれる際、男児を望んでいましたが、女児として産まれたマルヤムは善良な人物として歴史に名を残したのです。
預言者ムハンマド(pbuh)はまた、娘に優しく接し、立派に育てることの重要性を強調しました。娘を忍耐強く大切に育てる者には、楽園に居場所を与えると約束しました。娘の誕生はもはや重荷とはみなされず、イスラーム教は娘に対する認識を祝福、慈悲の源、神からの褒美を受ける機会へと変えました。
クルアーンは盲目的な信仰を説くものではなく、むしろすべての人間が研究し、考察し、その証拠に従うように勧めています。そのうえで、神からの「啓示」であること、クルアーンが真実であることをムスリムに確信させるいくつかの側面についてご紹介します。
まず、クルアーンは、結婚を安らぎと交わりを得るための手段であると考え、次のように述べています。「またかれはあなたがた自身から、あなたがたのために配偶者を創られた。それは、かれの印の一つである。あなたがたはかの女らによって安らぎをもたらされるように取り計らわれ、あなたがたの間に愛情と慈悲をもたらした。本当に、その中には、思慮ある人々のための目印がある。」 (クルアーン30章21節)
イスラーム教は夫婦関係の中で妻に一定の権利を与えています。これらの権利は単なる理論的なものではなく、宗教の教え、個々の信仰、社会的認識、法的責任に裏打ちされたものです。
その権利のひとつが「マフル」(持参金)であり、これは夫の意志と責任の象徴として、そして妻へのおもてなしとして結婚の際に夫から妻に与えられるものです。クルアーンには、「(結婚に際して)女たちには、その(嫁入りの)贈り物を気前よく与えなさい。しかし、もし彼女たちが進んでそれをあなたがたに返却するならば、満足と安楽をもってそれを受け取りなさい。」 (クルアーン4章4節)と書かれています。
もう一つの権利は 「ナファカ」(扶養)です。夫は妻の衣食住や医療などについて、経済的に扶養する責任があります。「父は、彼の財産に応じて母親の食糧と衣服を提供する義務がある。誰にも、その能力を超える負担を強いてはならない。子供のために母親が害を被ってはならず、父親も害を被ってはならない。父親の相続人にも、同様の義務がある。」(クルアーン2章233節)
さらに、”Mu’asharat bil Ma’ruf”(自分の妻を大切に扱うこと)は、男性にとっての責任であり女性にとっての権利です。クルアーンは、「そして、親切にかの女らと生活しなさい」と言っています(クルアーン4章19節)。
要約すると、イスラーム教においては娘として、また妻としての女性の地位を向上させること、そして女性の権利、尊厳、社会や家庭生活における重要性について確信的に主張しています。イスラーム教の教えとは、あらゆる人間関係における尊敬、思いやり、公平性を奨励し、調和のとれた社会を育むことです。